青年海外協力隊として活動したガーナの2年5ヶ月 理学療法士米田さん

青年海外協力隊員としてガーナに派遣されていた米田さん。これぞアフリカでの医療活動。さだまさしさんの作品である、「風に立つライオン」のような世界がそこには広がっています。

こんにちは。本日は三重県から理学療法士の米田がお届けいたします。

今回は私のガーナでの2年5ヵ月の活動についてお伝えしたいと思います。

私は2012年6月~2014年11月まで、ガーナの南東地域にある身体障害者職業訓練学校で理学療法士として活動をしていました。同校は全寮制で、生徒の年齢は15歳~35歳。全校生徒が120人でその半数程が身体障害をもった子達でした。彼らの日常生活活動動作は自立レベルですが、今までリハビリテーションを受けてきた事が一切ない子達です。理学療法がなくても生活はできていますが、理学療法介入で埋もれていた能力を引き出すことが可能な子達がいました。併設して、肢体不自由児センターもあり、そちらは8歳~18歳ほどの15人の子供たちが入所していました。その肢体不自由児センターの一角に理学療法室があります。彼らに継続的に理学療法を行うこと、また地域住民への理学療法、さらに私一人で運営していた理学療法部門のアシスタント・後継者探しとその育成、学校職員へのリハビリテーション・理学療法概念の啓蒙、そしてスクールナース代行のような事を行っていました。

そんな私の当時の一日のスケジュールを簡単に紹介します。

朝4時~5時     明るくなってくる時間に起床

~7時前       朝ごはん・洗濯・掃除etc

7時~7時30分   学校内教会で朝の礼拝

7時50分       職員朝礼・職員会議

8時半         外来診療・肢体不自由児センターの子供たちと理学療法

12時半~1時半  職員と一緒に昼食・休憩

1時半~3時     書類業務、装具・福祉用具器具の点検・修理etc

3時~5時半     学校生徒との理学療法

6時~7時      学校内教会で夕方の礼拝

7時~         夕食

10時~11時         就寝

赴任前に想像していたより、しっかりと仕事をする時間が固定されていました。また新規外来診療や車椅子等の福祉用具処方・販売・譲渡の対応や、体調不良の生徒への一時的処置、地域住民からの依頼で訪問PT等、その日の予定にない仕事が飛び込んでくることも少なくなく、充実した毎日でした。

それではまず、生活面に関して楽しかったこと・大変だったことをお話したいと思います。当校の特徴として、毎日の朝夕の礼拝があげられます。当校はイタリアのカトリック系宗教団体のNGOにより運営されており、キリスト教色が非常に濃い学校でした。学校生徒・子供たちや職員により近い存在になりたいと思い、また宗教にも興味があったためこの礼拝にかかさず参加していました。少し話が変わりますが、当校は全寮制で、私の住まい(1K)はその女子寮の一角にありました。ですので長期休みを除く学校期間中は、自室の扉を開けると、24時間いつでも職場、といった環境でした。学期中は時間や土日関わらず、体調不良の生徒がいると、私を頼りに皆が私の部屋の扉をノックしてきてくれます。扉を開けなくとも窓の外は運動場、隣の部屋は女子寮でいつでも生徒たちの騒がしい声・音が聞こえてきます。

このように、平日は礼拝が始まる7時から礼拝の終わる夜7時まで仕事(完全拘束)、土日を含め“完全にプライベートが確保される”ということがなく、言うなれば常に“アイドリング”状態で生活をしていました。ガーナで生活していた際はこの仕事スタイル・生活スタイルさえも楽しんでいました。もちろん、馴染む事に努めていましたし、時間が経つとこれが普通になっていました。しかし今となってはこれが一番、“大変だったんだなぁ” と思う点であったりします。いえ、やはりいつも常に誰か(ガーナ人)と一緒にいるというのは楽しかった経験ですね。

 

次に活動内容について触れていきたいと思います。上述にもあるように私の活動内容は大きく4つ挙げられます。

①学校生徒・肢体不自由児・近隣住民への理学療法

②後継者探し・後継者育成

③リハビリテーション・理学療法概念の啓蒙

④スクールナース代行

以上の活動において、個別理学療法による身体機能・生活の改善、セミナーの主催・共催、後継者の発掘と育成のためのインターンシップ等、活動成果が目に見えたものがいくつか挙げられます。個別理学療法による身体機能の向上が、他生徒や職員間でも話題となり、りリハビリテーションや理学療法の啓蒙が自然となされ、さらに非障害者の障害者理解へのきっかけも作ることもできたように感じます。

こまごまとしたいろんな事をたくさん行い、充実感に溢れた毎日でしたが、反省点や苦労した点ももちろんたくさんありました。校内における理学療法の位置付け・仕事体系が変化していないこと、学校の希望であった資金源(外国からの支援団体等)を探すこと、現地での生活が好きすぎて協力隊や他外国人ボランティア仲間等と時間を共有することが少なかったこと(色んなアイデア交換ができたかもしれません)等たくさん挙げられます。

中でも特に苦労したのは、“ボランティア=何かただでしていってくれる人”という彼らにとっての“ボランティア像”を壊す・変えていく事でした。当校は過去に先進国からのボランティア受け入れが幾度とあり、このためかスタッフ・学校全体がボランティアやボランティアの国の文化・習慣に理解がありました。この反面、全体的にボランティア慣れしており、上述の様なボランティア像ができあがってしまっている雰囲気を感じました。何度もこの件に関して、たくさんのガーナ人職員と話をしました。“私はただでみんなの為に何かする人かもしれないけど、それだけじゃなくて、みんなで一緒に何かをしなきゃ結局みんなの為にはならないよ。” こつこつと私の存在意義とそこから広がる可能性をみんなに少しずつ感じてもらえるよう心がけ、日常の言動・ふるまいに気をつけていました。しかし、私以外にも欧米からのボランティアが活動していた当校では、各ボランティア間のボランティア像・ボランティア価値観の違いが大きく、私自身、ボランティアとはどうあるべきなのかよくわからなくなってしまいました。結果、色んなボランティアの仕方があるんだという事だけ、はっきりとしました。

 

青年海外協力隊としては、現地での技術移転や持続可能な支援の形が大きな活動の方針・柱となっています。開発の問題には、大きな視野を持った上で、このようにアプローチしていくべきだと思います。この点から考えると私の活動は効果的であったのかどうかわかりません。私はひたすら、目の前にいる人の為に何かをしていただけでした。しかし、日本社会に復帰した今、どんな仕事をするにも誰かの為に何かしたいという、“人を思う気持ち・思いやり”が非常に大切なものなのだと改めて感じています。そして、この点をいつも忘れずに仕事できる事が、草の根活動である青年海外協力隊の素晴らしい点であることに気づきました。

この草の根活動を、今後もたくさんの人・療法士に行っていってもらいたい、またたくさんの人・療法士に理解されサポートしていってもらいたいと強く思います。

 

このような貴重な2年5ヶ月を経験させて頂くことができたのはたくさんの方々のお陰です。

この場をお借りして改めて感謝の気持ちを伝えたいと思います。ありがとうございました。

P1080744P1080725 P1090659 P1110422 P1120479

 

このページの先頭へ