モンゴルの地方でみる“患者”は日本と何が違うのか?

任地チョイバルサンに来て2ヶ月が経過しました。今回は、任地チョイバルサンの紹介とリハビリテーション事情、よく診る疾患についてお伝えしたいと思います。

 チョイバルサンというところ

ドルノド県チョイバルサン市はモンゴルの首都・ウランバートルから東へ約640㎞(飛行機で約1.5時間、バスで約14時間)行ったところにある、人口約5万人の小さな街です。

インフラは整備されており、病院や郵便局、銀行、スーパー、レストランなどは徒歩圏内にあるため、生活に必要なものは大体揃えることができます。

街の中心部は日本でいう団地のような建物が多く、郊外にはゲルの集落が立ち並び、さらに郊外に出ると広大な自然が広がっておりマルチン(遊牧民)の方も生活しています(写真①)。

Wi-Fiはどこのレストランやカフェでも使用できます。2ヶ月生活してみて、細々したトラブルはあるものの、普通の生活をする上では特に問題なく生活できる、というのが印象です。

①チョイバルサン街並み

①チョイバルサン街並み

 モンゴルチョイバルサンのリハビリテーション事情

県の総合病院である「東部地域医療センター」が私の勤務先です(写真②)。

②チョイバルサンの中心部にある「東部地域医療センター」

②チョイバルサンの中心部にある「東部地域医療センター」

病院は街の中心部にある総合病院であることから、子供からお年寄りまで様々な人が来院され、何百キロも離れた村から来る方もいます。

この県でリハビリの専門的な知識を持った人は2年前まで皆無でした。しかし、現在では私を含む3名が勤務しています。

モンゴルでは入院期間が7日間(長くても10日間)、外来も例外を除き最大7回までと短く、リハビリを行う回数が非常に限られています。

また、どの患者さんに対しても1人30分と決められており、まだ回復が途中にも関わらず終了してしまうケースが多くみられます。

ハード面に関しては、病院内のいたるところに段差や扉の幅が狭い、病室のトイレに便座がない、といったことが目につきます。

物品は日本と比べると圧倒的に劣りますが、物が無いなら無いなりに工夫することで、今のところ何とかやれています。今後、「これは必要だな!」という物で簡単に作れるような物なんかは作っていけたらいいなと考えています(写真③)。

③病院のリハ室

③病院のリハ室

 お国柄?モンゴルチョイバルサンで診るこの疾患

入院に関しては神経科を中心に回っている為、「脳血管障害」の方々を診ることが多いです。大半は陳旧性の為、症状が安定している人がほとんどです。

入院期間は定められているのですが、医師の診断とは別に「入院したい」と希望すれば入院できるケースもあるようです。

外来に関しては、前述したように子供からお年寄りまで様々な疾患の方がいらっしゃいます。日本のように転倒して骨折する方も多く見られますが、今回は特に印象に残った疾患を紹介します。

特に多いと感じるのが、「上腕骨の骨折」の患者さんです。職業を聞くとかなりの確率で遊牧民と答える方が多いのです。

そうです、原因は落馬による事故。

まだモンゴルに来て日が浅い為、馬に乗っている遊牧民はこの目で見たことはありませんが、これはモンゴルというお国柄が影響しているのではないかと思います。

その他の疾患としては「脳血管障害」の患者さんです。外来でも半数近くはこの疾患が多いと思われます。特にモンゴルでは若年性で発症する方が多く、20代30代で脳梗塞を発症し来院される方もいらっしゃいます。

きちんとしたデータがないのではっきりとしたことは言えませんが、これは生活習慣に起因しているものではないかと思われます。

というのは、モンゴルの食事は主に肉(特に羊)中心で味付けもとても濃いものが多く、男女関係なくお酒を飲みます。

そのような肉や塩分の多い食事、お酒といった生活習慣が要因となっているのではないでしょうか。

また、「先天性股関節脱臼」の方も日本と比し多く見られます。モンゴルでは生後数ヶ月の赤ちゃんを布でぐるぐる巻きにして抱いていることが多く見られます。

その状態が長時間続くだけで、関節に影響を及ぼしてしまい、結果的に股関節に悪影響を及ぼしてしまうのだと思います。

なぜぐるぐる巻きにするのかは不明ですが、これもモンゴルの特徴の一つであり、課題でもあると考えています。

最後に、このような機会を与えて下さった、「リハレポ」代表の小泉さんには深く感謝致します。赴任後まだ2ヶ月しか経過していないため、まだまだ分からない事ばかりですが、このような記事が今後協力隊を考えている方や国際協力に興味がある人にとって少しでも参考なるものとなれば幸いです。 

執筆者 : 後上正幸(ごがみ まさゆき)理学療法士

平成28年度1次隊でモンゴル、ドルノド県チョイバルサンに派遣。

日本リハビリテーション専門学校卒業後、茨城県の病院に5年間勤務。退職後、青年海外協力隊に参加。現在に至る。

 

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