ヨルダンで活動中の今OTはなぜ協力隊を志したのですか?

السلام عليكم (アッサラーム アライクム) こんにちは。ヨルダンから、作業療法士の今麻里絵がお届けいたします。

今日は協力隊への志望動機についてお話しさせていただきます。私が協力隊に興味を持ったのは、高校生の時でした。これと言ったきっかけはなかったのですが、地下鉄の中にあるポスターをずっと見ていたのは覚えています。その「興味」が「行きたい」という気持ちに変わったのは、山形での大学時代に受けた授業がきっかけでした。

外部講師で近くの病院から整形外科を教えて下さっていた先生(医師)が、授業のスライドの中で、バングラディッシュにある「山形ダッカ友好病院」という病院と、ダッカの日常風景の紹介をして下さいました。というのも、その先生が務める病院がダッカのその病院の姉妹病院であり、お互いに交流しているため、情報が沢山あったのでした。

見せて頂いた写真があまりにも異世界で興味が沸いていた最中、その先生が授業の中で、「この写真でバングラディッシュに興味が出た人は後で教えて下さい。」と言い、授業が終わって真っ先に詳細を聞きにいったのが、私と、偶然にも同じく現在25年1次隊でエクアドルに理学療法士として派遣されている北林宏子隊員でした。

それから色んな人を紹介され、事がとんとん拍子に進み、気が付くとあっという間に2人でバングラディッシュに足を踏み入れていたわけです。

そこでは現地で活動する協力隊員が、一学生に過ぎない私たちを相手に現状を色々と親切に説明して下さいました。スラムの学校にも連れて行ってもらいました。また、ダッカの病院の院長先生とその家族にもずいぶん親切にしていただき、私たちが見たいこと、知りたいことなどを、出来る限り見学させてくださいました。いつかダッカを手助けしてくれる存在になって欲しいと言われ、その時に「いつか協力隊で、日本人として途上国を手助けしたい。」と思ったのが始まりでした。

バングラディッシュでの作業療法士の要請がなく、現在はヨルダンで活動していますが、人が大好きなヨルダン人に囲まれて、家族のように愛されて、いつも私の方が色々もらっているような気がしています。

活動では思わぬ任地変更があり、職場やプライベートで家族同然にしてくれていた方々との突然の別れが辛くて泣いてばかりいた日もありましたが、現在は前向きに、時折会えるのを楽しみに、新しい出会いも大切にしながら活動に励んでいます。今はメインの活動の他にも、シリア人難民支援などを知り合いの伝手で頼まれることもあり、できることは極力何でもやって行くスタンスで動いており、なかなか充実しています。

それでは今日はこの辺で。さようなら。مع السلامة.(マーッサラーマ)

第5回ヨルダン今

このページの先頭へ