コロンビアで活動中の齋藤OTはなぜ協力隊を志したのですか?

¡Buenas tardes! ¿Cómo está?( ブエナス タルデス! コモ エスタ?)こんにちわ、お元気ですか? コロンビアから作業療法士の齋藤が隊員任期最後?のレポートをお届けいたします。

 

「意地悪な質問だと思わないでください。今、日本でも東日本大震災でボランティアを必要としているのになぜ協力隊に参加しようと思ったんですか?」

これは協力隊の2次面接の際に面接官の方から頂いた質問です。

もしあなたなら、何て答えますか?

 

私は福島県二本松市出身で、小学校の頃から社会科見学で青年海外協力隊二本松訓練所に行ったり、中学校の帰り道には、訓練所で訓練中の協力隊員に道を聞かれたりと、私にとって青年海外協力隊の存在はとても身近で、幼心に海外で働く事に興味を惹かれていました。しかし気づいたら何年後かには、海外と一見関わりのない作業療法士になっていました。もちろん作業療法士は、胸を張って好きな職業だと言えます。働き始めて2年経ったころ職場の上司が協力隊に飛び立ち、自分もいつか行けたらいいなと漠然と思っていました。そして東日本大震災が起こりました。幸いなことに私の家族、親戚は無事でした。本当にありがたかったです。地震があった際は郡山市に勤めていました。交通機関が機能せず病院に寝泊まりし、少し落ち着いた際には避難所になっている所へのボランティアにも病院の職員と県士会員として参加したのを覚えています。

 

はっきり言うと、自分自身ボランティア精神に溢れている人間だとは思いません。しかし震災後、より死を身近に感じるようになり、「明日死んでも後悔しないか?」と考えるようになりました。結果、後悔しないようにやりたいことをやろうと決断し始めたのです。まずは、自分は何がしたいのか、何ができるのかを考えました。先ほども言いましたが、私はボランティア精神に溢れてはいません。じゃぁ、なぜ青年海外協力隊に行こうと思ったのか。震災ボランティアは、作業療法士の資格がなくてもできます。でも、震災で日本を支援してくださった国の中には、作業療法士のボランティアを必要としてました。だから私の職業を必要としている所で、誰かの役に立てればと考えたのです。震災後、自分の存在を肯定したかったんだと思います。自己満足ですが、誰かの役に立ちたかったのです。自分ができる役割を必要としている人がいるなら、そこで自分が出来ることがしたかったのです。

 

現在、自分が希望した国ではなく未知の国コロンビアに派遣され、数日後には2年間の任期が終ろうとしています。思い描いていたボランティア活動とは違うところが沢山あり、悩み、辛い思いも沢山しました。しかし最後まで諦めずに活動できたのは、よいカウンターパートに恵まれたからだと思っています。彼女には色々なことを学び、沢山の場面で助けてもらいました。

青年海外協力隊に参加して、自分としっかり向き合い、自分自身を知れたこと、異国の地で他人と働きともに過ごすことの大変さや楽しさなど沢山の事を経験させてもらった実りある2年間でした。

 

それではこの辺で。Muchas gracias. Adiós.(ムチャス グラシアス。 アディオス。)

ありがとうございました。さようなら。

第5回コロンビア斎藤 第5回コロンビア齋藤2

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