エルサルバトル大塩OTによるNGOの同僚紹介

Buenas noches(こんばんは【ブエナスノーチェス】) エルサルバドルから作業療法士の大塩 がお届けいたします。

今日は私がどんな方々と一緒に働いているか、エルサルバドルのリハビリテーション事情について少しご紹介します。前回もお伝えしましたが私は首都サンサルバドルにあるNGO団体脳性麻痺支援協会(HOPAC)で同僚理学療法士(1名)と作業療法士(1名、カウンターパート)と働いています。同僚も入れ替わりがありましたが、理学療法士が現在経験1年目、カウンターパートである作業療法士が3年目とまだまだ若い療法士に囲まれています。

カウンターパートは、療法士になる以前はプロレスラーになりたかったという個性的な女性です。極度の人見知りの性格もあり、わが道を行く!といったようになかなか周りとの連携を取ってはいませんでした。1年間は作業療法士の楽しさと連携と責任の重要性を伝えてきました。今では改善もみられ日々悩んで楽しんでいるようです・・・。

この国のリハビリテーションの歴史は1957年にメキシコ、チリなどの中南米近隣諸国、アメリカ合衆国からの流れを受け産声を上げたと聞いています。

以前は理学・作業の枠組みはなかったそうです。外傷などの身体面が注目され理学療法が中心に考えられていく中で作業療法が誕生したのは1980年頃。前回も触れましたが資格取得の流れとして4年間の座学、1年間各分野実習(半日実習、半日講義)を経て卒業後、半年間1つの施設に研修して修了となります。理学と作業の具体的な線引きは施設によって異なり、1年目は理学療法士として働き、2年目は作業療法士として働くなどの異動もあれば、1人2役で働くところもあるそうです。大学修了過程が理学療法優位であり、作業療法に対する自信、興味は理学療法よりも薄いという意見もちらほら聞くことがあります。

各療法士協会などもなく、卒後自己研鑚する機会が少ないことからベテラン、若手年代問わず勉強会や研修会においては非常に意欲的です。私も日本と比べて、見習わなければいけない点、日本の教育制度に感謝する点など確認と発見を繰り返して多くのことを学びました。

しかし、何より違いを感じているのはこの国におけるリハビリテーションに対する周囲の意識です。医療分野において直接生命にかかわりが薄いと優先順位は決して高くなく、リハビリ治療を受けなくても死ぬわけではないという意見も存在し、金銭面に余裕のある方しかリハビリ治療を受けることができないという点です。それに加えて未だ介護の延長線と見られることも否定できません。

障害を持つことで治らないからと諦めるのではなく、リハビリテーションを通じて対象者・周囲の生活の質は向上する可能性があるということを家族、社会に強くそして広く伝えていくことが療法士にとって重要な役割であるという点を改めて確認することができました。文化の違いも痛感し、難しい点もありますが今後のエルサルバドルリハビリテーション界の発展に少しでも貢献できるように残り任期を務めたいと思っています。

それではまた(Hasta luego(アスタ・ルエゴ))

第2回エルサルバトル大塩②

第2回エルサルバトル大塩①

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