途上国で2年間どんなことをしてきましたか?エルサルバトル大塩OT!

Buenas tardesこんにちは。エルサルバドルから作業療法士の大塩がお届けいたします。

帰国して早2ヶ月、日本社会に復帰し、美味しいご飯に囲まれ自分でも驚く程のスピードで語学を忘れていき、2年間は夢だったのではないかと感じることがあります。そんななか改めてエルサルバドルでの2年間の活動を振り返ってみたいと思います。

私に課せられた課題は、NGO団体脳性麻痺支援協会における同僚療法士への作業療法技術移転、並びに介護職員の技術向上が挙げられていました。5年前に前任として理学療法士が派遣され、その続きを・・・という目的で派遣された形です。

赴任して感じたことは配属先の十分な設備に驚いたことです。ユニセフを始め多くの他団体・海外から寄贈を受けていた配属先の設備でしたが、療法士をはじめとした職員が正しい使い方を知らなかったこと。施設利用者に提供されていなかったこと。そこからスタートしました。

それと同時にカウンターパートの治療援助を行い、時には評価や考え方などを助言させていただきました。その中で、文化の差を感じました。明るく他人を批判しないというエルサルバドルの文化。生活する上では皆失敗に対して大らかであり、楽しく過ごすことができました。しかし、一作業療法士として、仕事として周囲と連携をとり包括的に利用者の生活を評価していく必要があると考えるとその文化の差は自分にとって一つの壁となりました。同僚はリハビリだけしていればいい。上司の言うことを聞いていればいいという考え方を持っており、他部署は関係ない。作業療法士として連携は重要なのはわかるがこの国でそういった教えは受けていない。それよりも技術を教えて欲しいと希望を受け、その点についてどうテコ入れをしていくのか、ボランティアと療法士として、日本人としてのバランスの中で日々悩み葛藤していました。

所詮自分はボランティアと周囲からは見られ、伝え方を間違えれば印象を悪くしてしまい受け止めてもらえない。言わなければ同僚としての関係は良好で済むが療法士としてはダメだ。

そういった中でカウンターパートと衝突を繰り返しお互い意見交換を行いながら理解を深め自分の考えが少しずつ浸透して言っているのを感じました。しかし、今度はそれを全体に伝えていかなければ結局、カウンターパートは自分の二の舞になってしまう。そう考え、何度も研修会を企画し、外部にも作業療法士の考え方などICFを使って理解の浸透を図りましたが自分ができたのは結果ここまで。種まきとなりました。

帰国してから考えても自分の中ではあの時こうしていれば・・・という後悔も絶えませんし、同僚をもっと褒めながら一緒にやっていくスタンスが取れれば結果は変わっていたかもしれないという思いもあります。

2年間いて何ができたのかと聞かれれば自分の中で本当にこれが出来たという実感もなければ結果もわかりません。今後、自分が行った活動が何か一つでも配属先同僚、利用者のためになることがあればいいなと願っています。

無事に帰ってきたもののまだまだやり残したことがある。そんな後悔に反して本当に貴重な経験をさせていただいき、多くの仲間に出会えたことに感謝していますし、自分の中で大切にしている考え方の再確認、新発見ができたことは大きなプラスなんじゃないかと思っています。

今はまだ自分の中で何かが変わったという実感はありませんが、今後作業療法士として働き続ける以上、この経験を無駄にせずこれから出会う対象者、社会に還元していくこと、エルサルバドルという国を日本に伝えていくことが自分のやりがいでもあり、自分との勝負だと捉え頑張っていきたいと思います。

それではこの辺で。2年間貴重な経験をさせて頂きありがとうございました。

Hasta luego(それではまた)!

エルサルバトル大塩特集1

 

エルサルバトル大塩特集2

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