リハレポ特集37号 途上国で2年間どんなことをしてきましたか? コスタリカ岩崎OT

Buenas, ¿cómo están? ブエナス、コモ エスタン?

こんにちは。昨年9月末までコスタリカで活動をしていました作業療法士(以下OT)の岩崎がお届けいたします。今回は私の2年間の活動を振り返らせていただきます。

みなさんは青年海外協力隊というとどんなイメージをお持ちでしょうか?私は何もないところから、自分で知恵、知識と技術を駆使して現地の人達と協力しながら何かを成し遂げていく、というイメージを持っていました。もちろんそういう配属先もあると思いますが、私が配属されたコスタリカ国立リハビリテーションセンターは私の予想とはかけ離れていました。首都サンホセにあるリハセンターはある程度の医療機器もそろい、チーム医療も発展、リハ室も十分な施設でした。スプリントの作成も多く、入院患者は看護助手が時間通りに送迎をしてくれ、外来患者も朝7時から時間通りに来院されました。そして同僚OTたちも真面目で評価用紙や記録はしっかり行い、1時間に患者を最大3人ずつ診るシステムで『書類が多すぎて大変!日本もこんな感じ?』と愚痴をこぼすくらいでした。

特37コスタリカ岩崎 特37コスタリカ岩崎②日本で働いているときと何の変りもない環境に自分が思っていたよりも配属先のレベルが高いことに驚かされ、正直びびっていました。同僚OTたちは勤勉で、医療に対する知識を十分に持っていました。そして何よりも私に対する期待が高すぎました。『日本から専門的な知識が持った人が私たちにいろいろ教えてくれる!』と。活動初日から『あなたがここにいるのは私たちに作業療法の指導をするためなのだから!!』ということを強めに言われ、『日本ではこういう時はどうしてるの?』という質問が矢継ぎ早に来ました。が、活動当初の私の語学力ではそんな彼女たちの質問を理解することも答えることもできませんでした。そのうち彼女たちの期待外れ感を感じるようになり、自分自身への絶望感の中、配属先が立てた2年間の計画を文句も言わずにただ突き進むのみでした。

そんな私に課せられたことは2つ。①高次脳機能障がいに対する作業療法、②麻痺の回復に対する作業療法を彼女たちに伝達する、というものでした。1年目と2年目にそれぞれを振り分け、勉強会と毎日の活動で患者を実際に診ることで伝達を行いました。

1年目は『高レベルなプレゼンを作成しなければ、同僚たちに信頼してもらえない!』というプレッシャーで必死でした。結果、専門用語盛りだくさんのプレゼンも、その用語を調べるのに時間を費やしてしまい内容が非常につまらない、相手に響かない勉強会ばかりを行ってしまいました。さらに流暢に話せるわけもないので全然伝わりませんでした。寝てしまう人もいました。

そこで2年目は勉強会に動画を挿入したり、実技を取り入れました。また、患者に対しても積極的に徒手的療法を行い、その効果を視覚的にわかるようにしました。患者へのフィードバックも欠かさないようにしました。そんな私の姿を見て、それまで徒手的治療法をほぼ行わず、肩甲帯へのアプローチも全く行わなかった彼女たちが動き始めてくれました。また、患者からの支持を得られるようになったことも彼女たちへの働きかけになったようです。しかし、それは持続的ではありませんでした。原因はOTの仕事量の多さでした。それを改善するにはリハ科長や理事長へ訴えるしかありませんでしたが、国立の機関の長に直接交渉することはボランティアの身では許されませんでした。

そうしているうちに2年間が過ぎ、最終報告会の日を迎えました。そこにはもちろんリハ科長や理事長が参加してくれていたので最後のチャンスとばかりに『OTの仕事量が多すぎるため、彼女たちは技術を十分に発揮できることができない』と訴え、OTたちには最後にもう一度『なぜ徒手的治療法が大事なのか、肩甲骨も上肢であること』を訴えて私の活動は終了しました。

大変だと思うこともありましたが、今は2年間私を受け入れてくれたすべてのコスタリカのみなさんに感謝の気持ちしかありません。JICAボランティアを通して貴重な経験ができました。参加することができて本当に良かったと思っています。以上で私の活動報告を終わらせていただきます。

また会う日まで。Chao, hasta la vista. チャオ、アスタ ラ ビスタ。

 

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