小野PTによるベトナムのコミュニケーション事情 

Chào các anh chị em. (チャオ、カックアン・チ・エム)みなさんこんにちは。

Các bạn ăn cơm chưa?(カッバン、アンコムチュア?)ごはんもう食べましたか?

ベトナムから理学療法士の小野がお届けいたします。

冒頭のあいさつですが、ベトナムでは会話の最初に「ご飯食べた?」「どこ行くの?」などの質問をよくします。以前、タイの川副隊員からの報告にもありましたね。インドシナ半島の国々に共通する文化なのでしょうか?

実を言いますと、私は最初この文化に馴染めませんでした。いちいち出会う人に行先を聞かれる、帰る時間を聞かれる、というのは秘密主義の私にとって(?)あまり心地いいものではありませんでした。しかしこれは、「あなたに関心がありますよ」というサインであり、すべて真面目に答える必要はないと現地の人に教えてもらい、気が楽になったのを覚えています。

異国でのコミュニケーションというと、その国の言語をマスターするということが近道であることは否定できません。さらに、上述のような「言葉の文化」を知ることは非常に重要であると感じます。日本語には、尊敬語や丁寧語、謙譲語、タメ語といった相手による言葉の使い分けの複雑さがありますが、多くの外国語にはこのような上下関係での敬語は存在しません。ベトナム語では、敬語という概念はあるものの、日本ほど複雑な表現はありません。日本語の「先輩」「後輩」にあたる言葉が存在しないことも特徴的です。

ベトナムは年功序列の文化ですので、当然年配の者には丁寧な言葉遣いが必要です。ベトナムでは、10種類以上もの関係代名詞があり、1人称、2人称(英語ならIとYou)を話す相手によって切り替えることで敬意を表現します。また、必ず主語をつけるというのが原則的に丁寧な言い方となります。これは、私も当初苦手でした。日本語は主語がなくても許される言語だからです。

冒頭の文を引用しますと、日本では「ご飯もう食べましたか?」と聞きますよね?ベトナム語では、「あなたは、ご飯をもう食べましたか?」という具合に主語が必要です。英語と同じですね。ただし「I」と「You」の種類を場面によって選択しなくてはならないので、我々外国人が大変苦労するところであります。たとえば、自分より少し年上の男性にはanh(アイン:お兄さん)、年上の女性にはchị(チ:お姉さん)、年下の男女にはem(エム:弟or妹)という敬称を2人称として使います。日本語ではほとんどの場合、名前のあとに「さん」をつけるだけですよね。

この複雑な2人称がある程度使いこなせるようになった頃、私とベトナム人スタッフとの親近感はぐっと増したように感じます。

私は、JOCV(青年海外協力隊)の醍醐味は現地の人と自由にコミュニケーションをとれるところだと思っています。JICAボランティアには、技術協力もさることながら、2国間の友好親善、相互理解という目的があります。これは重要な、日本国家の外交手段のひとつです。したがって、我々JICAボランティアは積極的に現地の人と仲良くなるということが求められることは言うまでもありません。そのツールとして、我々は現地の言葉を学ぶことは非常に意義のあることです。

私は、コミュニケーションについて活動の中で気を付けていることが3つあります。ひとつは、相手を否定しないこと、二つ目は感情をしっかり表現すること、三つ目は相手が用いた言葉を自分の辞書に吸収していくことです。

一つ目の相手を否定しないこと、についてはこれまでも様々な国々の隊員から語りつくされているので省略いたします。

二つ目の感情を表現すること。これは私を含む多くの日本人が苦手かもしれません。楽しいときは笑う、悲しいときはうつむき、怒っている時はあえて表情に出すなど、相手にわかってもらえるように表現することは自分を理解してもらう上で大切だと思います。私は元々我慢をしてしまう性格なので、なかなか感情を出すことができませんでした。活動2年目に入ってから、同僚や上司からのむちゃぶりや急な仕事の押しつけをきっぱりと断ることができるようになりました。嫌なことは嫌、とはっきり意思表示ができるようになったことは自分にとっての成長でした。

さらに三つ目の言葉を自分の辞書に吸収していくこと。これは、現地スタッフや患者さんが話す言葉を、赤ちゃんのようにどんどん吸収していく姿勢です。私は必ずペンと手帳を携帯し、わからない言葉は必ず書き留めて聞き直すようにしています。これは言語学習の側面だけでなく、相手との信頼関係を築くのに非常に重要であると感じています。自国の言語を必死で理解しようとしている姿勢は、必ず現地の人の心を掴みます。お陰様で、スラングやこのリハレポにはとても載せられないような単語などもたくさん覚えました。  また、私の任地は地方都市なので、独特の発音や方言が多数あります。これらをどんどん吸収することで、この地域の人々を愛していますというメッセージを含むことができます。

活動から1年経過したころ、実は素直な気持ちが持てずにいました。ベトナム語を教わることを腹の底で拒否していた時期があったのです。実習生に理学療法を指導している時、逆に実習生にベトナム語の間違いを指摘されることが苦痛でした。「自分は日本の技術を伝え、ベトナムの医療を改善させるために来ているのだ」「ベトナム語を学びに来ているのではない」などと思い上がり、黙々と活動をしていた時期がありました。今思い出すと、とんでもない勘違いをしていたと思います。ある日、ふとJICA二本松の訓練所でベトナム語の先生にアドバイスされた一言を思い出しました。「ベトナム語は自分が赤ちゃんになったつもりで吸収しなさい」。余計なプライドを持っていたのは自分自身でした。

実際の活動では、現地語が拙い外国人の我々が患者さんの身体に触れることを許されているのです。その相手国の寛容さを忘れてはいけないと思います。もし自分が逆の立場であれば、非常に不安を覚えますし、治療されることを拒否するかもしれません。しかし、ベトナム人スタッフおよび患者さん達は私の治療を嫌な顔ひとつせず受け入れてくれています。活動も終盤となり、2年間を振り返ってみたときにこのことが非常にありがたいことであったと気づかされています。
今日は少し言語学的な視点から書いてみました。それではこの辺で失礼します。

Chúc các bạn ngủ ngon! (チュック、カッバン、ングゥゴーン)みなさん、おやすみなさい!

ベトナム③ベトナム②

 

ベトナム①

 

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