スリランカで活動中の倉又PTはなぜ協力隊を志したのか?

வணக்கம்!(ワナッカム!)こんにちは。スリランカから理学療法士の倉又がお届けいたします。

10年前のちょうど今頃、南アフリカに留学していました。その頃学んでいた「途上国の開発」は、本当に現地の人が必要としていることなのか、疑問を持ち始めたからです。また、自分はどんな方法で国際協力できるのか、そんなことを探る目的でした。ある日、現地のコーディネーターがタウンシップ(非白人居住地区)に連れて行ってくれました。その一角で遭遇したのは吹きっさらしの小屋に集められていた重度の障がい者達でした。貧困と障がいを背負った人は、隔離された地域の中でさらに社会からも家族からも隔離された所で、それでも生活していました。心に引っ掛かる出会いでした。

 

帰国して理学療法士という職業を知った時、この光景とリンクしました。また、開発の中でもお金や物資の側面ではなく、社会資源を育てることに従事したいと考えたので、専門技術を活かせるこの職業を通して国際協力に携わりたいと決意しました。

その後4年間病院で仕事をしながら学校に通い、4年弱の臨床経験を積んでからの派遣となりました。

 

スリランカでは、社会福祉局に所属しCBR(Community Based Rehabilitation)の普及に努めています。同僚は社会福祉サービスに関わる人達です。職業カーストがあり、きれいに仕事内容が分かれているこの国。最初は、病院にいるはずの理学療法士をどう扱って良いのか分からない様子でした。やっと一緒に自宅訪問を行ったり、障がい者団体のミーティングからニーズを吸い上げたりする流れができてきたところです。今はまだ、マンパワーとして地域でセラピーを行うことが主ですが、CBRの中での理学療法士の役割を幅広く模索しつつ、活動していきたいと思います。

 

派遣国も活動内容も、10年間近く思い描いていたものとは大きく異なります。しかし、現状を評価し、個々の特徴に合った最適な解決策を見つけて行くという私達の仕事そのものが、国際協力の過程と似ているように感じます。その意味で、どの国でどんな活動をしようとも、最善策を見出していければ本望であると今は思えます。あと、大好きなカレーを毎日3食食べられる幸せは想像していませんでした!

それでは今日はこの辺で。நன்றி.(ナンドゥリ)ありがとう。

第5回倉又2 第5回スリランカ倉又

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