モンゴルで活動中の中野PTはなぜ協力隊を志したのですか?

Сайн байна уу?(サインバイノー?)こんにちは。モンゴルから理学療法士の中野がお届けいたします。

 

私は高校卒業後、大学から理学療法の道に進みました。大学時代には先進国も途上国も旅をし、先進国の洗練された町並みと人々、それと対象的な途上国の劣悪な環境のなかでも逞しく生活している人々を見るなかで、その対照的な所に驚き、人々の暮らしと笑顔に大きな衝撃を受けました。また、日本での中だけでは体験できないようなことや、知らないことが沢山あることを知り刺激を受けました。

 

理学療法を学びながらも、大学時代の旅行で感じたことが忘れられず、純粋に海外で働いてみたいと思うようになりました。海外で働きたいという思いの中で、幸いにも私の学校の先輩方に多くの協力隊経験者がいることを知りました。その方々の経験した話を直に聞くことで、『青年海外協力隊に参加する』ということが、明確に自分の中での夢となっていったことを思い出します。

 

理学療法士として協力隊に参加するためには、実務経験が3年以上必要な要請がほとんどです。応募の必要な実務経験を積むために、地元の病院で理学療法士として働き始めたのですが、そこで経験することの大変さの裏側で、『ありがとう』と言ってもらえた時の充実感、勤務先で働くスタッフの温かさが心地よく、日本で理学療法を極めていく事はなんと素晴らしいことだと感じる様になりました。この心地よい環境から離れることには大きな葛藤もありましたが、今協力隊に参加しなければ今後必ず後悔すると思い、臨床を4年経験した頃に、協力隊への応募を決めました。

 

ところが合格通知に載っていた派遣国は、全く希望を出していなかったモンゴルでした。本音を言えば暖かな国に派遣されたかったのですが、派遣から8ヶ月経った今、冬の寒さは応えますがモンゴルで良かったと心から思えるようになりました。

 

活動を行う上で、私の中に協力隊としての理想像はあまりなく、自分の様な若造に出来ることは限られているしだろうし、できることを状況に合わせてやっていこうと思っています。実際に、臨床の上で自分の無力さを度々感じると共に、スタッフを巻き込んだ活動が行えていないことに歯痒さを感じています。しかし、今までリハビリという物が0であった所に、私という存在が1出現したということは、きっと意味のあるものだと思います。

 

これから充実した活動に出来るかは自分次第。いつも異国からきた若造に、文句も言わず優しく訓練に参加してくれる患者さん、陰ながら支えてくれているスタッフ、そして、私の夢を理解して快く送り出してくれた家族や友人、そして職場の方々に恩返しが出来るように、残りの活動期間を頑張っていきたいと思います。

 

それでは今日はこの辺で。Баялтай(バヤルタイ)!さようなら!

第5回モンゴル中野

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