中国で活動中の吉田PTはなぜ協力隊を志したのですか?

にーはお!中国から理学療法士の吉田がお届けします。

なぜ参加したのが協力隊だったのかと聞かれると、まずは何故私がボランティアに興味を持ったのかをお話しなくてはなりません。

中学生の頃に障害者職業訓練所で一日職業体験を経験し、衝撃を受けた私はその日から医療福祉の道へ進むことを決めました。

その時、「またあの人たちに会いに行きたい!」といった私に母が地元のボランティアセンターに登録することを勧めてくれ、私にとってボランティアはとても身近なものとなりました。つまりその頃の私にとってはボランティアができるのならば国内問わず、どこでも良かったのです。

ただ、町の中の「ボランティア」という言葉に目が行くようになった頃からかJICAの存在も自然と知るようになり、海外ボランティアも楽しそうだなぁと漠然に考えてはいました。その為地元でボランティアをしながらの専門学校生1年目だった頃には「いずれは協力隊に参加したい」と言っていましたが、その頃の私にとって海外でボランティア活動をすることの決定的な意義はなかったのです。

しかしその一年後、私は決定的な追い風を受けました。小児科の授業担当であった恩師がJOCVとして活動していた際の様子を語ってくれたのです。

活動時のキラキラした先生や現地の人たちの表情を写真で見、現地の人たちとの交流の話を聞いたとき、私は「やはり行かなくては!」という思いが浮かびました。こんな身近に経験者がいたことは、ある意味運命かもしれない!とすら思いました。(笑)

多角面的に物事を見ることが出来る、スマートだけれど情にあつい先生の人格を尊敬していたことも理由のひとつでしたが、そんな先生が「自分自身の成長にもなる上に、世界の人たちのためにもなるっていいよね」と言った言葉が心に響きました。

就職後もJICAだけではなく、他団体の説明会や経験者講演会にも度々足を運びました。しかし家族を心配はさせられないという思いもあり、「信頼性」「誰もが知っているボランティア活動」「活動中と帰国後のサポート」という三大柱のもと、決定打の「運命かも!」というキーワードが私に協力隊を選ばせました。

現に活動中の今でも家族は安心して私を応援してくれていますし、何より私自身現地での活動に専念することができています。

任地である中国は私の第二希望でしたが、それはただ単に国では選ばず、要請内容で選んだからでした。もともと海外で活動することにすら意義を持たなかった私です。どこで生活するにせよ、どんな人に出会うにせよ、向き合うのは人。どんな想いを持たれたって、私という人間で正々堂々真っ向勝負していけば私という人間はどこだって楽しく活動できるし、どんな人とだって仲良くなれると信じています。

活動期間は残りあと6ヶ月になりますが、残りの時間も吉田幸代として、女として人間としてそして協力隊として日中友好の架け橋になるように楽しく活動頑張っていきます。

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