タイで活動中の織田PTはなぜ協力隊を志したのですか?

タイから理学療法士の織田がお届けします。

今思えば私が世界に興味を持ったのは、小学生の頃に読んだ地雷の本がきっかけだと思います。それから、何となくボランティア活動に参加したり、海外に行った方々の話を聞いたり、私もいつか、何でもいいから海外でボランティアがしたいと思うようになりました。

専門学校に入学し、そこで協力隊OBの先生と出逢い、開発途上国での活動を身近で聞くことができました。 先生が行った国はトンガでとても田舎で道も整備されていないような場所で、肝心の治療室には治療ベッドのみで、しかもカウンターパート(以下CP)も居ないとう状況でした。先生は、田舎暮らしで任地の人と同じように生活をし、思考錯誤しながら活動を行っていたそうです。

そんな、活動に憧れをいだくようになりましたが、その反面、自分には無理だろうなと思っていました。だけど、仕事を始めてからも、先生と関わることが多く、先生が協力隊への参加を強く勧めてくれたおかげで、今ここタイで理学療法士として活動することができています。
私は、協力隊に参加するまで開発途上国と呼ばれている国には行った事が無く、テレビや本のイメージしかありませんでした。とても田舎で、物も無く外で水浴びをするような感じです。そして、現地の人は温かく受け入れてくれて、お互いの国のいいところを受け入れて協力して何かを成し遂げるんだ!!…という私が勝手に作り上げた“THE!協力隊ッ!こんなところに日本人!”がありました。

ちょうど一年前、空港に降り立ったのはとても広いスワンナプーム空港。タクシーでバンコクに行く途中に見えるのは数々の高層ビル。行き交う車はわが国の誇るTOYOTAやHONDA車。しかもプリウス。高架鉄道BTS(バンコクスカイトレイン)やMRT(地下鉄)と呼ばれる立派な公共交通機関。どこのカフェに行っても大体WI-FIがあり、インターネットが使えます。セブンイレブンやファミリーマートだってあります。大分の田舎から出てきた私にとって地元よりも都会である事にとてもびっくりしました。来る場所を間違えたのではないかとも思いました。

任地に行っても、思っていた以上にリハ機器も揃っていましたし、常勤の理学療法士もいました。カウンターパートとなるこの理学療法士は、プライドが高く協働するというよりは、個々で仕事を行うというスタンスで、何度も意見のすれ違いがありました。
私の思い描いていた協力隊活動はギャップだらけなことからスタートしました。

最初は、複雑な思いでいっぱいで、ここで活動する意味があるのか、本当に必要とされているのかと考え悩むことがたくさんありました。

だけど、生活していくなかで一歩小道に入れば整備されていない歩道、古びた建物やスラム街、小さな子どもたちが物乞いをして居る姿をよく目にします。活動では治療室のリハ機器は十分に揃っているのに上手く活用できていないことや、リハに来ている患者さんがただ2時間座っているだけというような光景がありました。

今は、極々一部にすぎないけどタイの現状を身近で感じることが出来たり、必要としてくれる患者さんやスタッフが居てくれたりと私がタイに居る意味が少しでもあるのかな~と思えているところです。

タイに来て1年が経った今でも分からない事が多く、言語の問題や文化の違いに悩むことも多々ありますが、残り1年、楽しく元気に過ごしていこうと思います!!

それでは、โชคดีนะค่ะ(チョークディーナカ)!さようなら!

第5回タイ織田

 

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