リハレポ特集36号 途上国で2年間どんなことをしてきましたか? タイ川副PT

เป็นอย่างไรบ้าง ไม่ได้เจอกันนานนะみなさん、お元気ですか?お久しぶりです。タイで9月まで活動していた川副です。帰国して早くも2か月、時々タイの生活が恋しくなることもある今日この頃ですが、本日は協力隊の2年間の活動を振り返り、私がどのように悩み行動したか、シェアしたいと思います。

悩んだ1年目

私はタイの労災リハビリテーションセンター(以下:配属先)で、現地の理学療法士に対し技術支援と、患者に理学療法を提供することが要請理由でした。活動を開始して約半年は、配属先での活動にやり甲斐を感じず、とても悩んだ時期でした。配属先は30年前に日本の無償資金協力で建設され、同時に技術プロジェクトも行われたJICAと関係が深い施設です。同僚の理学療法士は(カウンタパート:以下CP)は4名(23年目、22年目、12年目、1年目)在籍し、患者数に対して充足していました。ソフトもハードも整っておりボランティアの必要性に疑問を感じていました。しかし、治療は学生に任せることが多く、治療を行っても自主トレーニングを提供することが大半でした。さらに配属先ではイベントが多く、頻回にリハビリの時間が潰れることがあり、思うように活動が出来ませんでした。そんな中、CPと活動計画について協議をしたのですが、ボランティア(以下:JV)への要望は、理学療法に関することではなく、日本語教育でした。私は憤りました。JV要請の理由に明確な目的は無く、JVに対しての期待が低いことに失望しました。私はこの現実と理想のギャップにとても悩みました。この頃、先輩隊員や調整員に愚痴を言ってばかりで、何をやっても面白くありませんでした。しかし、ある日先輩から「みんな一緒だよ。どんな状況でも活動するのがJVじゃない!?」と言われました。私は「自主性が足りていないのか…。」と思いました。私は「活動の主体はJVでは無く、配属先の人々である」と考えています。しかし、配属先の意欲や姿勢のせいにして、積極的な行動を起こしておらず、ボランティアの大切な要素である自主性に欠けていたのです。そこで、どんなことでも挑戦してみようと思い、まずはCPの要望である日本語教育から始めました。また、配属先の記念式典で寿司作りを行い、積極的に配属先の行事に参画しました。これをきっかけに自分の殻を破ることが出来たと思います。その後、徐々に担当患者が増え、障害者スポーツなどの様々な活動に積極的に参加することで活動が充実してきました。次第に文化や価値観の違いに慣れ、1年経つころには、やり甲斐を感じられるようになりました。そうやって理想と現実のギャップを受け入れた一年目でした。

充実した2年目

2年目は充実した年になりました。言語の上達と異文化に慣れ、スムーズに活動出来ました。活動は2年目も「活動の主体は配属先の人々である。」にこだわりました。タイの現状に応じた技術支援をしたい。日本の理学療法を押し付けるのではなく、あくまでも日本の理学療法を知ってもらい、その上でタイに合うものを取り入れて欲しい。しかし、JVの活動にあまり興味が無いCP達。どうすれば興味を持ってもらえるか。認めてもらえるか。これを考えながら大きく2つのことを行いました。それは「勉強会で日本の理学療法を紹介する」、「実際の臨床でアプローチを紹介する」です。幸にも月一回の会議の場で、勉強会を行わせてもらえる機会を得られました。しかしタイ語で上手く説明するのは困難なので、勉強会のスライドをタイ人の興味を引くような動画や写真を多くし、内容は簡素に、時間は長くならないようにしました。このように工夫することで興味を持って聞いてもらえることが出来ました。そして、勉強会の内容を基に、実際に患者にアプローチを行いました。具体例は装具療法です。対麻痺患者(L3)に短下肢装具を処方し、歩行練習を行いました。その結果、屋外歩行自立を獲得し、改善した症例として紹介出来ました。他にも脊髄損傷患者の車椅子の操縦方法など、幾つかのことを紹介することが出来ました。そして、集大成としてケーススタディをワークショップ形式で、タイ人セラピストと日本人セラピスト(タイJVやSV )合同で行いました。CP達に日本のセラピストの考え方を知ってもらい、私の紹介したアプローチに対しての興味や理解も深まりました。また、お互いに知識や考え方を交換が出来たことは非常に有意義なことでした。このように楽しくいろんな活動をさせてもらえた2年目でした。

まとめ

最終的には配属先の理学療法は、私の着任時より僅かながら良くなったと思います。任期後半には、同僚の希望で、その同僚家族をリハビリする機会もあり、認めてもらえたことも実感しました。当初は四苦八苦したものの、様々な人に助けられ、人間的に成長させてもらった2年間でした。本当に協力隊の2年間は一生の宝です。

まだまだ、書き足りませんが、長いと読む気がなくなりますよね。そろそろ終わりにします。もうすでに長い!?読んでくれた方、本当にありがとうございます。それではโชคดีนะ เจอกันใหม่ครับ(お元気でまたお会いしましょう)。

特36タイ川副 特36川副2 特36川副③

 

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