タンザニアでの協力隊経験をペイフォワードしていく・・・

皆さんこんにちは。沢谷洋平と申します。私は2013年7月から2年間、青年海外協力隊の理学療法士として、タンザニア連合共和国、ザンジバルのムナジモジャ病院に派遣されていました。現在、帰国して約2ヶ月が経過しています。任地に初めて足を踏み入れた際、上司が救急車に乗って私を迎えに来たことがつい最近のようです。この場で2年間の活動を振り返ってみたいと思います。

島唯一の国立病院での活動

私の配属先の病院は島唯一の国立病院(任地は沖縄県くらいの大きさの島です)であり、ベッド数も約400床と比較的大きな病院でした。

床にマットを敷いて寝ている患者もいるため、正確なベッド数は誰も知りません。一般的な診療科は全て揃っている、いわゆる総合病院でした。

派遣前はアフリカの病院でのんびりと理学療法をできれば・・・と考えていましたが、とんでもありませんでした。1日に対応する患者数は約15~20名、一人の診療に約20分をかけ、乳幼児~高齢者までの対応に追われ頭も体もフル回転。

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患者診療

 

特に、日本で子どものリハビリテーションに関わったことのない私は崩壊寸前でした。加えて、患者との会話はスワヒリ語。日本で少しばかり勉強したとはいえ、最初は基本的な会話もままならず迷惑をかけるばかり。

自分は何をしに来たんだろうと自問自答の毎日でした。最初の1年間は毎日必死で、あっという間に過ぎたように思います。

後半の1年は、任地にタンザニア2校目の理学療法士養成コースが開講。通常の病院診療業務に加え、私も時折授業を担当することになりました。本来英語(イングリッシュ)で教えなければなりませんが、「スワヒリ+イングリッシュ」のスワヒリッシュで何とかごまかしつつ授業をこなしました。

PT学科の生徒

PT学科の生徒


ある衝撃の事実

病院で活動を開始して1ヶ月頃のことです。病気になった直後でベッドから動けない患者を担当することになりました。病室へ訪問すると、その患者の排泄の介助をしている人がいたので、家族だと思って挨拶をしました。

だけど何だか会話が噛み合いません。よくよく聞いてみると、私の担当患者とは関係のない人であり、別の患者の御見舞いに来ていた人でした。日本では動けない患者の排泄の介助をするのは医療従事者であり、一般の方が介助をしているだけでも驚きましたが、さらには介助をしていた人が患者とは関係のない赤の他人であったことにさらに驚かされました。

優しさをペイ・フォワードしていく

タンザニアで生活をしていると、人の優しさや親切さに触れる機会がたくさんありました。そして、異国で生活している私のことを、多くの方が気にかけ助けてくれました。もちろん日本でも優しさや親切さに触れることはあるかと思いますが、タンザニアでそういった機会が多かったことも事実です。

皆さん、「ペイフォワード」という言葉を御存知でしょうか。ペイフォワードとは、人から受けた善意や親切を別の人へ渡すことです。この言葉は映画のタイトルにもなっています。

反対の意味にペイバックという言葉があり、これは善意を受けた人へ返すことです。私はタンザニアで受けた善意や親切を、十分には返しきれなかったように思っています。そんな私のことを、タンザニア人は優しく、温かい心で最後まで支えてくれました。今度は私の番です。日本社会や皆さんに「ペイフォワード」していきます。

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